ヘルスケアとライフ サイエンス
グローバルなライフサイエンス企業であるアステラス製薬は、高度なシミュレーションへのアクセスを広く一般に開放することで、創薬ワークフローの在り方を再定義しています。最先端の生体分子構造と結合親和性予測機能を提供する AI 対応プラットフォームである NVIDIA Boltz-2 NIM を活用することで、研究者は複雑な生体分子構造を高い精度で予測できるようになり、計算化学者の高度な専門知識を補完します。このマイクロサービスは、研究者と計算化学者の間の従来の引継ぎプロセスを高速化し、あらゆる研究者が AI 主導のインサイトを活用して創薬を推進することを可能にします。
この AI 主導のワークフローを適用することは、膜タンパク質を標的とする創薬研究プロジェクトにおけるヒット化合物同定 (Hit-ID) において革新的な成果をもたらしました。AI 主導の優先順位付けにより、実験評価を必要とする化合物数を、当初想定していた化合物群からわずか 10 種類まで絞り込み、必要なアッセイ数を 90% 以上削減しました。また、ヒット化合物同定 (Hit-ID) までのタイムラインも 70% 短縮されました。これは、生物学的標的に対して化合物をスクリーニングして、検証済みの分子を見つける重要な最初のステップです。実験評価の結果、Boltz-2 NIM で評価された 10 個の選択化合物全てが目的の薬効を示し、ヒット化合物として同定されました。
アステラス製薬 (Astellas Pharma Inc.)
生成 AI / LLM
アステラス製薬は、革新的な科学を患者さんのための治療法に結び付けることに注力しているグローバル ライフ サイエンス企業です。がん、眼科、泌尿器疾患、ウィメンズ ヘルス、免疫などの領域において治療法を提供し、今日の医療における最も困難ながんへの挑戦から、慢性疾患を抱える人々がより制約少ない生活を送れるよう支援すること、さらには臓器移植後の生活の支援など、幅広い医療ニーズに応えています
アステラス製薬は、先端技術と AI を戦略的に活用しながら、研究開発における新たなイノベーションの開拓を推進し、革新的な医薬品を患者さんにより迅速に届けることを目指しています。
この取り組みの一環として、アステラス製薬は、日本のヘルスケア業界におけるイノベーション ハブを構築するために株式会社ゼウレカ (三井物産の子会社) が立ち上げた Tokyo-1 プロジェクトに参加しました。現在、アステラスは、DGX H100/H200 などを含む複数の NVIDIA リソースを積極的に活用しており、2024 年には抗体研究におけるスクリーニング効率を向上させるために「astABpLM」を開発しました。「astABpLM」は、NVIDIA BioNeMo™ Framework を使用して抗体の物理特性を予測することに特化した独自の言語モデルです。
また、アステラス製薬は、低分子やPROTAC などの中分子医薬品の研究に AI とシミュレーション技術を導入することで、研究効率を向上させています。複雑な分子を対象とした効果的な創薬研究を行うには、タンパク質構造予測と候補化合物の理論的予測を担当する計算化学者と、化合物設計と合成を担当するメディシナルケミストとの連携が必要です。従来、この研究のために計算化学者は大量の実験対象化合物を検討する必要があり、ボトルネックが発生し、創薬プロセスを遅らせる要因となっていました。
この課題に対処し、コラボレーションを効率化するために、アステラス製薬は、AI を活用して構造ベースの医薬品設計 (SBDD) を「民主化」しています。化合物関連のモダリティ研究で AI とシミュレーション技術の導入および推進を担当する 長岡 和也 氏は、その理由を次のように説明しています。「これまではシミュレーションは計算化学者が専任で行ってきましたが、タンパク質の構造予測と化合物の結合親和性予測を統合した Boltz-2 NIM という革新的な AI モデルが登場したことで、適切な計算環境と入力情報を用意すれば計算化学者に依頼することなくメディシナルケミスト自身が構造をベースにした化合物のデザインや仮説の検証を進められるのではないかと考えました」。
Astellas Pharma Inc.
「これまでは SBDD に必要なタンパク質―化合物の複合体構造を用いたシミュレーションは計算化学者が専任で行ってきましたが、タンパク質の構造予測と化合物の結合親和性予測を統合した Boltz-2 NIM という革新的な AI モデルを活用すれば、メディシナルケミスト自身が構造をベースにした化合物のデザインや仮説の検証を進められるのではないかと考えました」
長岡 和也 氏
アステラス製薬株式会社
Associate Director
DigitalX, R&D Digital, Modality Informatics
Team Lead of Digital Chemical Modality Discovery
アステラス製薬は、NVIDIA の Boltz-2 NIM を採用して民主化を推進し、Tokyo-1 の創薬支援プラットフォームを実行環境として活用しています。Boltz-2 NIM は、マサチューセッツ工科大学 (MIT) とバイオ テクノロジ企業の Recursion Pharmaceuticals が共同開発した生体分子モデルである Boltz-2 を基盤として、NVIDIA が開発および提供しているマイクロサービスです。以下の機能を備えています。
アステラス製薬は、社内利用を促進するために、ブラウザーベースのフロントエンドを開発しました。創薬 AI 研究とソリューション開発を担当する井手 氏は次のように説明します。「民主化を社内に広げていくには使いやすさが重要です。Docker ベースの開発は以前から手掛けており、我々の環境における Boltz-2 NIM の最適化方法については NVIDIA デジタル バイオロジー チームにサポートしてもらいましたので、スムーズに実装できました」
さらに、創薬化学者である松村 氏は、 「タンパク質と化合物の結合親和性予測シミュレーションはとても複雑で、これまではメディシナルケミストが手を出せない領域でした。それが今回、Boltz-2 NIM と井手が開発したフロントエンドの組み合わせによって、情報を入力し実行ボタンをクリックするだけで結果が得られるようになりました。複雑なシミュレーションは以前と同じように計算化学者に依頼しますが、簡単なシミュレーションであればすぐに実行して、その結果を次のアイデアに生かすことができます。メディシナルケミストの立場からすると衝撃的ともいえる変化です」
「Boltz-2 NIM の導入によって、簡単なシミュレーションであればすぐに実行して、その結果を次のアイデアに生かすことができるようになりました。メディシナルケミストにとって衝撃的ともいえる変化です」
松村 洋祐 氏
アステラス製薬株式会社
主任研究員 博士 (薬学)
Innovation Lab
Innovation Core Lab / Core Discovery Unit
Boltz-2 NIMを活用した構造ベースの創薬 (SBDD: Structured-Based Drug Design) の民主化の概要。研究者に使いやすい環境を提供するために、ブラウザーベースのフロントエンドを開発。
長岡 氏は、Boltz-2 NIM 導入の効果について次のように説明しています。「膜タンパク質を標的とした創薬プロジェクトに適用し、薬効発現につながる化合物デザイン案の質とスピードを一段階引き上げることに成功したと考えています」
さらに、メディシナルケミストである松村 氏は、「Boltz-2 NIMの出力構造から導出した仮説に基づいて化合物ライブラリから 10 化合物を選択し、それらのアッセイ (評価) を実施したところ、10 化合物すべてで想定した薬効を示す結果が得られました。当初はもっと多くの化合物のアッセイが必要と見込んでいたのですが、Boltz-2 NIM によって短時間で絞り込めたことで、評価化合物数の 90% 以上削減と研究期間の 70% 以上短縮という劇的な効果が得られました」
パフォーマンスに関して、井手 氏は次のように評価しています。「あるターゲットに対して複合体モデリングと活性予測に適用した場合、Python で書かれたオープン ソースの Boltz-2 では 20 秒以上かかりましたが、TensorRT によって NVIDIA GPU 環境に最適化された Boltz-2 NIM を使うとわずか 7 秒で結果が得られました。NIM を使う大きなメリットと考えています」
アステラス製薬でラボ オートメーションのチーム リードを務める大房 氏は、創薬化学者がより使いやすいアプリケーションを提供しています。「メディシナルケミストは視覚的に理解しやすい構造式データを用いた化合物情報の取り扱いを好みますが、Boltz-2 NIM は構造式による入力には対応していません。そこで、Boltz-2 NIM をより使いやすいものにするために、化合物を構造式で描画する機能と、その構造式を Boltz-2 NIM が対応する SMILE 表記に変換する機能を備えたアプリケーションを開発しました。また、特定のタンパク質に複数の化合物を順次組み合わせて自動実行する機能なども実装し、DMTA (設計、合成、評価、分析) サイクルの短縮が図れるように工夫しました」このアプリケーションは全社規模で展開される予定です。
井手 氏が開発したブラウザー ベースのアプリケーションは、すでに世界中のさまざまな部門に提供されており、その利用は広がっています。「Boltz-2 NIM を用いて作成したアプリケーションは、2026 年 2 月末時点で定常的なユーザーは 50 人以上、延べ利用回数は 2,000 回を超えています」
アステラス製薬は、NIM の活用を拡大しています。化合物モダリティ創薬においては、DiffDock、GenMol、MolMIM などの NIM を Tokyo-1 にデプロイし、Boltz-2 NIM と組み合わせることで、さらなる民主化を推進する予定です。他のモダリティへの拡張はすでに行われています。構造 / 配列設計からタンパク質やペプチドの結合予測までを一貫して実行可能にするために、3D 構造向けの「RFdiffusion NIM」、配列設計向けの「ProteinMPNN NIM」、そして Boltz-2 NIM を使用した「De Novo タンパク質 / ペプチド設計ワークフロー」を Tokyo-1 上に実装しました。
長岡 氏は、NIM の利点を次のように述べています。「推論用に性能が最適化されていて、コンテナーとしてすぐに使える NIM は、とても画期的な仕組みだと考えています。Boltz-2 NIM を成功体験としながら今後は他の NIM も積極的に活用していきたいと考えており、NVIDIA には NIM のさらなる拡充を期待しています」
創薬モダリティの多様化も背景に、AI や高性能コンピューティング リソースをいかに活用するかが製薬会社の競争力を左右する時代となっている。Tokyo-1 を計算基盤に据えながら、創薬の民主化によってさらなる効率化を目指すアステラス製薬の今後の取り組みに注目したい。
「Python で書かれたオープン ソースの Boltz-2 では 20 秒以上掛かる処理も、TensorRT によって最適化された Boltz-2 NIM を使うとわずか 7 秒で結果が得られます。NIM を使う大きなメリットと考えています」
井手 圭吾 氏
アステラス製薬株式会社
博士 (工学)
DigitalX, R&D Digital, Modality Informatics
Team Lead of Digital Biological Modality Discovery
「Boltz-2 NIM をより使いやすいものにするために、メディシナルケミストが好む構造式で記述する機能や、タンパク質と化合物の複数の組み合わせを自動実行する機能を備えたアプリケーションを開発しました」
大房 俊行 氏
アステラス製薬株式会社
博士 (薬学)
DigitalX, R&D Digital, Modality Informatics
Team Lead of Lab-Automation
Boltz-2 NIM を活用した SBDD サイクルの民主化を示す画像。現在、低分子創薬における ADMET (吸収、分布、代謝、排泄、毒性)、標的タンパク質分解技術、および抗体/ペプチド創薬で、その応用が進んでいる。
「アステラス製薬は、複数のモダリティにわたる創薬の民主化を目指して、Tokyo-1 で NIM のデプロイを拡大しています。化合物の探索においては、DiffDock、GenMol、MolMIM を Boltz-2 NIM と組み合わせています。タンパク質およびペプチドについては、RFdiffusion、ProteinMPNN、Boltz-2 NIMを統合したエンドツーエンドの「De Novo タンパク質 / ペプチド設計ワークフロー」を活用しています。
NVIDIA NIM によるタンパク質構造予測の高速化